東京地方裁判所 平成10年(ワ)27133号 判決
原告 株式会社リアックA建築事務所
右代表者代表取締役 A
原告(選定当事者) A
被告 B
被告 C
右 被告ら両名訴訟代理人弁護士 河野敬
同 古田典子
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告Bが東京家庭裁判所平成一〇年(家)第五五六六三号相続の放棄申述受理事件によって受理された相続の放棄が無効であることを確認する。
二 被告Cが東京家庭裁判所平成一〇年(家)第五五八二七号相続の放棄申述受理事件によって受理された相続の放棄が無効であることを確認する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、原告ら(後記受継申し立てに関する部分を除き、選定当事者である原告Aの選定者を含む。)が、亡D(以下「亡D」という)の相続人である被告らがした相続放棄の申述の受理につき、被告らは亡Dの違法行為に加担しただけでなく、亡Dが違法行為によって形成した隠し財産を遺産という形で引き継いだものであるとして、その無効確認を求めた事案である。なお、原告らは、亡Dに対し、同人の不法行為に基づく損害賠償請求権を有すると主張し、後記のとおり、これを認容した一審判決が言い渡されている。
二 前提となる事実(認定に使用した証拠等については、各項の末尾の括弧内に表示した。)
1 原告らは、平成元年、東京地方裁判所に対し、亡Dほか一七名を被告とする損害賠償請求事件を提起した(平成元年(ワ)第一六六三五号、以下「本件基本地裁事件」という)。同事件において、原告らは、亡Dらによる原告会社の不法占拠、資材の持ち出し等の不法行為により多額の損害を被ったと主張し、その損害の賠償を求めた。本件基本地裁事件については、東京地方裁判所は、平成八年一〇月一五日、亡Dに対し、原告会社に二一三九万円余り、原告Aに二〇〇万円、選定者F子に対し一六万円余り、選定者G子に対し二〇〇万円、選定者Hに対し一〇万円の各支払いを命じる原告ら一部勝訴の判決(以下「本件地裁判決」という)を言い渡したが、原告らが控訴したため、東京高等裁判所に事件が係属するに至った(平成八年(ネ)第五〇五三号損害賠償請求事件、以下「本件基本高裁事件」という)。(甲一六、弁論の全趣旨)
2 亡Dは、平成七年一二月一七日、東京都文京区で死亡した。同人の第一順位となる法定相続人は、被告B(長女、以下「被告B」という)と被告C(長男、以下「被告C」という)の二名である。(甲一七、甲一八)
3 原告らは、平成一〇年七月一五日、本件基本高裁事件において、亡Dが平成七年一二月一七日に既に死亡していたことが判明したとして、亡Dの第一順位の法定相続人である被告らに対し訴訟を承継させるよう、訴訟手続の受継を申し立てた(平成一〇年日記第一五八二号、以下「本件受継申立事件」という)。(乙一、弁論の全趣旨)
4 被告Bは、平成一〇年九月一四日、東京家庭裁判所に対し、同年八月二六日に本件受継申立事件の書類の送達を受けて、亡Dに対する損害賠償請求のことを知ったとして、被相続人亡Dの相続放棄の申述の受理の申立をし(平成一〇年(家)第五五六六三号)、同事件は、同年九月二一日に受理された。(甲一七)
5 同じく、被告Cは、平成一〇年九月一八日、東京家庭裁判所に対し、同年八月二六日に本件受継申立事件の書類の送達を受けて、亡Dに対する損害賠償請求のことを知ったとして、被相続人亡Dの相続放棄の申述の受理の申立をし(平成一〇年(家)第五五八二七号)、同事件は、同年九月二九日に受理された。(甲一八)
6 本件受継申立事件につき、東京高等裁判所は、受命裁判官による被告らの審尋を経たうえ、平成一一年一月一三日、被告らのした前記相続放棄の申述の受理は有効であるとして、原告らの申立を却下する旨の決定をした。原告らは、同決定に対し、抗告許可の申立をしたが、東京高等裁判所は、同年二月八日、これを許可しないとの決定をした。また、原告らは、右申立却下決定に対し、特別抗告の申立もしたが、同年四月三日、最高裁判所はこれを棄卸した。その後、同年六月九日、東京高等裁判所は、本件基本高裁事件につき、控訴した原告らが右訴訟を真摯に追行する意思を失ったと認めて原告らの控訴を却下する旨の判決を言い渡した。原告らは、右判決に対し上告受理の申立をしたが同年七月二九日に却下された。(乙一から乙三まで、乙六、弁論の全趣旨)
7 原告らは、平成一〇年一一月二五日、本件訴訟を提起した。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
1 本件訴えの確認の利益の有無(本案前の申立)
(被告ら)
本件訴えで原告らが確認を求める本件各相続放棄の申述受理の有効性は、被告らが亡Dの債務を承継するか否かの前提問題であり、給付の訴えの本案判断の前提としての手続問題であり、本件各相続放棄の申述受理についてその有効性の確認を別訴で求める訴えの利益は存在しない。
しかも、本件各相続放棄の申述受理の有効性については、本件基本高裁事件における本件受継申立事件において、裁判所が審理しその判断が示されているところであり、その判断が確定している以上、あえて別訴によってその無効確認を求めることの訴えの利益はないというべきである。
(原告ら)
本件各相続放棄の受理の無効の確認は、原告らが亡Dに対し請求してきた損害賠償請求権を、被告らに対しても主張できるか否かの前提問題であり、これが確認されれば、被告らに対し、損害賠償の請求が可能となるのであるから、確認の利益は肯定できるというべきである。
東京高等裁判所での本件基本高裁事件における本件受継申立事件での判断は、受継の可否につき決定手続で判断したものであり、原告らに被告らの審尋手続への関与も認められていないし、最終的に本件相続放棄の申述受理の有効性を確定したものではない。
2 本件各相続放棄の申述の受理が有効か否か
(原告ら)
1 亡Dは多くの違法行為を行って膨大な隠し財産を形成した。被告らは右亡Dの違法行為に加担しただけでなく、右違法行為を承知のうえでこれらの隠し財産を遺産という形で引き継いだものである。
従って、被告らのした相続放棄は、法定の申述期間を経過して以後のものであるところ、亡Dの違法行為に加但しあるいはこれを熟知していた以上、被告らは、亡Dが多額の損害賠償債務を負っていたことを知っていたものであり、それにもかかわらず、そのことを隠して相続放棄申述の際には虚偽の事実を述べたもので、相続放棄の法定期間経過後の申述は無効というべきである。
また、被告らは、相続の放棄の申述をした時点で、既に亡Dの遺産を承継し、これを隠匿ないしは消費しており、法定単純承認の事由があるから、相続の放棄は無効である。
2 以上の事実は、被告Bは、実母であるE子と同居しているところ、E子は亡Dと離婚しているが、離婚後に亡Dが代表取締役をしていた東武都市開発株式会社(以下「東武都市開発」という)の監査役に就任しあるいは逃走中の亡Dと行動をともにするなど、離婚後も亡Dとの親密な関係が続いていること、E子は職がないにもかかわらず浦和市鹿手袋の高級マンションを購入し、被告Bと居住していること、被告Cは、亡Dと共犯関係にあり、未成年者であった当時から亡Dの犯罪行為を手伝っていたばかりか、一時亡Dと同居しその資産を譲り受けていること、亡Dが違法に取得した栃木県今市市の不動産のなかには一時被告Cと亡Dの共有名義となっていたものがあること、亡Dの葬儀に出席した被告BとE子が、同じく葬儀に出席した被告Cに対し、もっと相続分があるはずと問い詰めていたことなどから裏付けられる。
(被告ら)
1 被告らが亡Dの違法行為に加担しあるいは承知のうえで、亡Dが違法に形成した財産を遺産という形で引き継いだとの原告らの主張は否認し、被告らのした相続放棄の申述が無効であるとの主張は争う。
2 被告Bは、実母であるE子が昭和四八年一一月二〇日に亡Dと離婚して以降は、E子ともども亡Dとは一切のかかわりあいがなく、また、区役所から亡Dの死亡の連絡があった際も対応を拒否しているものである。E子が東武都市開発の監査役に就任した旨の記載が商業登記簿謄本にあるが、実際にはそのような事実はなく、これは亡DがE子の氏名を冒用して申請したものと推測される。
また、被告Cは、中学三年であった昭和六〇年ころ、家を出て自活し、父親である亡Dとは別居して独立して生活していたもので、一時期亡Dと同居したことはあるが、その仕事に関与したことはないし、また生活について援助を受けたこともない。しかも、平成五年頃からは音信不通の状態が続いており、区役所から死亡の通知を受けるまでは、亡Dとのかかわりは全くなかった。なお、今市市の土地の不動産登記簿に亡Dの共有者として被告Cの名前の記載があることは事実であるが、被告Cはこのような取引には関与しておらず、亡Dが被告Cの名義を冒用したものである。
第三当裁判所の判断
一 本案前の抗弁について
確認の訴えは、特定の権利または法律関係を対象とし、確認の利益がある限り許されると解されるところ、前記認定のとおり、本件訴訟は、原告らが本件基本高裁事件において、本件受継の申立をするに当たり、受継の可否の判断の前提となる本件各相続放棄の有効性を争って提起したものであって、その無効が確認されれば、被告らが亡Dの相続人として同人の債務を承継する地位が確定し、受継も認められるという関係にあったもので、確認の利益は認められると解すべきである。
もっとも、前記認定のとおり、本件基本高裁事件においては、既に、本件受継申立は却下となりその判断は確定していることは事実である。しかし、右却下決定には既判力はないし、本件高裁判決も、本件基本地裁事件に対する控訴を却下したもので、その理由中で、本件地裁判決が亡Dの死亡後にそのことを看過して弁論を終結したうえ言い渡されたものであるとしてその効力に疑問を呈し、亡D死亡後の訴訟手続は無効であるが、承継人による責問権の放棄により有効となる余地も残されているとしているのである。
そうであるとすれば、本件訴訟において、本件各相続放棄の無効が既判力をもって確定されれば、原告らとしては、本件地裁判決で認められた亡Dに対する損害賠償請求権につき、被告らに対して別途訴求する可能性が生じることになるのであるから、その意味でも、確認の利益を肯定することができるというべきである。
二 本案に関する原告らの主張について
つぎに、原告らの主張は、亡Dは多くの違法行為を行って膨大な隠し財産を形成したもので、被告らは右違法行為に加担しただけでなく、これらの隠し財産を遺産という形で引き継いでおり、被告らが相続放棄の申述の受理の手続の際に述べたことは明らかな虚偽であって、被告らのした相続放棄の法定の申述期間を経過して以後の本件相続の放棄の申述の受理は無効であるというものである。そして右原告らの主張の趣旨は、要するに、次の二つの主張を含むものである。
<1> 被告らは、相続の放棄の申述をした時点で、既に亡Dの遺産を承継し、これを処分、隠匿ないしは消費しており、法定単純承認の事由があるから、相続の放棄は無効である。
<2> 被告らのした相続放棄は、法定の申述期間を経過して以後のものであるところ、被告らは亡Dの違法行為に加担し、あるいはこれを熟知しており、亡Dが多額の損害賠償債務を負っていたことを知っていたものであるから、期間徒過後の放棄は許されない。
なお、原告らは、被告らが、亡Dの生存中に同人が不法に取得した多額の資産を譲り受けたことをも本件相続放棄の無効事由として主張するかのごとくであるが、被相続人の生前に資産の贈与を受けたことが法定単純承認の事由にあたるとは言えず、そのことのみをもって相続放棄が無効となると解することはできない。
三 被告らが、被相続人である亡Dの死亡を知り、相続の放棄をするに至った経緯について
前提事実と証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、被告らが、被相続人である亡Dの死亡を知り、相続の放棄をするに至った経緯に関し、次の事実が認められる。
1 被告らの実母であるE子は、昭和四一年一〇月三日、被告らの実父である亡Dと婚姻の届出をし夫婦となったが、昭和四二年一〇月二六日に被告Bが、昭和四五年五月一一日に被告Cがそれぞれ生まれた。その後、E子と亡Dは、昭和四八年一一月二〇日に協議離婚し、被告らの親権者は、被告BについてはE子、被告Cについては亡Dと定められた。(甲一七、弁論の全趣旨)
2 E子は、亡Dと婚姻中の昭和四二年一二月二七日から昭和四四年七月二一日までの一時期は、住民登録を秋田市新屋扇町五番二八号のE子の実家の住所地に定めていたことがあったが、Dとの離婚当時は東京都世田谷区で生活していた。E子は、右離婚に伴い、当時六歳であった被告Bを連れて、再び、右秋田市新屋扇町の実家に転居し、昭和四八年一二月から平成三年七月までは同所に居住し、その後被告Bの住む仙台市周辺に転居し、平成六年ころからは、浦和市鹿手袋のアパートで被告B一家と同居するに至り、現在は、被告Bの肩書住所地のマンションに同居している。(乙六、弁論の全趣旨)
3 被告Bは、父母の離婚後は実母であるE子とともに秋田市で過ごし、昭和六二年には秋田市内の短期大学を卒業し、秋田市で就職したが、平成元年ころ、仙台市の会社に転職し、平成四年七月に同所で現在の夫と婚姻した。その後、被告Bは、平成六年には夫の転勤に伴い、浦和市鹿手袋のアパートに転居し、更に肩書住所地のマンションに転居して現在に至っている。(甲一三の1、2、甲一七、乙六、被告B本人、弁論の全趣旨)
4 被告Cは、父母の離婚後、亡Dの父であり、被告Cにとっては祖父にあたる亡松下繁に引き取られ、北九州市八幡で幼少期を過ごしたが、小学校六年生になった昭和五七年四月、祖父母とともに当時亡Dが住んでいた神奈川県相模原市に転居し、亡Dとともに生活するようになった。その後、被告Cは、中学三年生になった昭和六〇年夏ころ、亡Dに反発し、同人と別居し、以後平成二年ころまでの間は、いわゆるフリーターをするなどして収入を得ていた。この間、被告Cは、一時的には三鷹市内で亡Dと同居するなど、断続的に亡Dと一緒に住む時期はあったが、平成二年四月に亡Dが栃木県今市市に転居したのをきっかけに以後は、亡Dとは独立して生活をするようになった。(甲一二、甲一八、乙六、被告C本人、弁論の全趣旨)
5 被告Cは、平成七年一二月二三日、渋谷区の担当職員から亡Dが同月一七日に文京区内の病院で亡くなったとの通知を受け、同人が生前賃借して居住していた渋谷区上原のアパートに出向いたが、そこには身の回りの品以外には目立ったものはなく、被告Cは、自分が使えるようなステレオや衣服類のほか小銭数百円、残高のほとんどない預金通帳数冊を持ち帰った。その後、被告Cは、亡Dの葬儀を区民葬で行い、葬儀には被告C一人が立ち会った。なお、被告Bも渋谷区の担当職員から亡D死亡の通知を受けたが、身の回り品の整理もすべて被告Cに委ね、自分自身は出向かず、葬儀にも出席しなかった。(乙六、被告B本人、被告C本人、弁論の全趣旨)
6 亡Dは、栃木県今市市から東京都渋谷区上原のアパートに転居し、平成六年一〇月四日から、渋谷区福祉事務所による生活保護法による保護を受けており、死亡により保護が廃止された平成七年一二月一八日までの間、生活保護として、生活扶助、住宅扶助及び医療扶助を受けていた。(乙一五の一ないし四、被告C本人、弁論の全趣旨)
7 亡Dが代表取締役をしていた東武都市開発の商業登記簿謄本によれば、平成二年四月一日にE子が東武都市開発の監査役に就任した旨の記載があり、その後も解任されないまま現在に至っている。なお、東武都市開発は平成八年六月一日に解散している。(甲一の1、2、甲二)
8 原告らは、平成一〇年七月一五日、本件基本高裁事件において、亡Dが平成七年一二月一七日に既に死亡していたことが判明したとして、亡Dの相続人である被告らに対し訴訟を承継させるよう、本件受継申立事件を申し立てた。
9 被告Bは、平成一〇年九月一四日、東京家庭裁判所に対し、本件受継申立事件の書類の送達を受けて、損害賠償請求のことを知ったとして、被相続人亡Dの相続放棄の申述の受理の申立をし、同事件は、同月二一日に受理された。
10 同じく、被告Cは、平成一〇年九月一八日、東京家庭裁判所に対し、本件受継申立事件の書類の送達を受けて、損害賠償請求のことを知ったとして、被相続人亡Dの相続放棄の申述の受理の申立をし、同事件は、同月二九日に受理された。
四 被告らに民法九二一条にいう法定単純承認に当たる事由(亡Dの遺産の処分、隠匿ないしは消費といった事由)があったと認められるか。
この点については、前項で認定した事実によれば、亡Dは死亡した当時は、その前年から生活保護を受け、渋谷区上原のアパートに借家住まいをしており、亡Dの相続が開始した時点では、身の回りの品以外には相続財産はなかったことが明らかであり、被告Cの取得した財産も、形見分け程度の品に過ぎず、これをもって法定単純承認に当たる財産処分と認めることはできないし、他に被告らが相続開始後である平成七年一二月から本件相続放棄の申述をした平成一〇年九月までの間に、亡Dの財産の全部または一部を処分、隠匿ないしは消費したことを認めるに足る証拠はないというべきである。
なお、原告らは、亡Dが今市市の大量の不動産を売却することによって得た資産やほかにも不動産を大量に隠し持っていて、被告ら及びE子は、それらの資産を取得するとともに、隠された不動産についても本裁判が終了した後に換金作業に入ることを予定しているものであると主張し、原告Aの陳述書(甲一九)にはこれに沿うがごとき部分もある。しかし、被告らはそのような事実を一貫して否定しているし、原告らが亡Dが詐取した土地であるとする栃木県今市市の土地についても、登記簿上に所有者として亡Dの名前が存するものの、右相続開始の時点では登記簿上はいずれも亡D名義から第三者に所有名義が移転しているものであって(甲一四)、ほかに亡Dの相続開始の時点において亡D個人が所有している不動産等の積極財産が存在したことを認めるに足る確たる証拠もないし、また、右相続開始後に亡D所有の不動産等を被告らが処分、隠匿ないしは消費したことを認めるに足る証拠もない。そうであるとすれば、右陳述書の記載は、亡DとE子の協議離婚は偽装離婚であり、その後も亡DとE子及び被告らの間には連絡が保たれており、特に被告Cにおいては亡Dの違法行為を承知でこれに加担したものであるとする原告Aの思い込み(なお、右思い込みの根拠が不十分であることについては後記参照)に起因するもので、同人の推測の域を出ないものと言わざるを得ず、これをもって被告らにおいて民法九二一条一項の法定単純承認にあたる行為があったと認めることはできないし、他にそのような事実を認めるに足る証拠もない。
五 被告らが亡Dの違法行為に加担し、あるいはこれを熟知しており、その結果亡Dが死亡した時点で多額の損害賠償債務を負っていたことを知っていたと認められるか。
1 前記三で認定したところによれば、亡Dが死亡したのは、平成七年一二月一七日であり、被告らは、その直後に渋谷区役所の担当者から連絡を受け、亡Dの死亡と相続の開始の事実を知ったものであるところ、被告らによる相続の放棄は、右被告らが相続人となったことを知った時点から二年八か月以上経過した平成一〇年九月になされていることが明らかである。そうすると、相続の放棄は本来相続の開始があったことを知った時から三か月以内にしなければならないとされていることからすると、被告らの右期間徒過後の相続放棄の申述を適法とするためには、被告らにおいて原告らの亡Dに対する本件損害賠償請求権が存在しないと信じただけでは足りず、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて亡Dに対し相続財産の有無を調査をすることが著しく困難な事情があって、被告らにおいて右のように信ずるについて相当の理由があることが必要と解される(最高裁判所第二小法廷昭和五九年四月二七日判決 民集第三八巻六号六九八頁参照)。
2 この点に関しては、被告Bにおいては、前記認定のとおり、亡Dと実母E子の離婚後は、現在に至るまでの間、一時期を除き、親権者でもあった実母E子と同居して生活しており、その間前記認定のとおり、亡Dと生活をともにした事実は認められないところ、被告B自身は、この間実父である亡Dとは一切の連絡をとっていなかった旨供述しているものである(乙六、被告B本人)。また、被告Cについても、前記認定のとおり、いったんは北九州市の祖父のもとに預けられ、昭和五七年には、祖父母とともに亡Dと同居し、昭和六〇年夏に亡Dのもとから出た後も以降平成二年ころまでは、断続的には亡Dとの交流があったとはいえ、以後亡Dが栃木県今市市に転居して以降はほとんど音信が途絶えていたし、亡Dの仕事の内容についても知らなかったと供述しているものである。
そうすると、右のような被告らの供述に照らす限りは、これが虚偽であることを窺わせるに足る証拠が存しない限りは、被告らにおいて、本件相続放棄の申述をした時点で、原告らの亡Dに対する本件損害賠償請求権が存在しないと信じかつそう信じることにつき相当な理由があったと認めるべきである。
3 これに対し、原告らは、被告らが亡Dの違法行為に加担し、あるいはこれを熟知しており、その結果亡Dが死亡した時点で多額の損害賠償債務を負っていたことを知っていたもので、亡Dと音信がなく亡Dの違法行為については一切知らなかったとする被告らの供述は虚偽であると主張するので、以下、原告らが右被告らの供述は虚偽であると主張する具体的な事実について順次検討する。
(一) 亡DとE子の協議離婚が偽装離婚であり、E子及び被告らは亡Dの違法行為を知っていたとの主張について
前記三の7で認定したとおり、亡Dが代表取締役をしていた東武都市開発の商業登記簿謄本には、平成二年四月一日にE子が東武都市開発の監査役に就任した旨の記載があり、その後も解任されないまま現在に至っていることは事実である。そして原告らは、右事実に加え、東武都市開発の所在地が栃木県今市市にあり、亡Dが平成二年ころから平成六年ころまでの間今市市に居住していたところ、当時E子も当時亡Dと生活を共にしていたとして、亡DとE子の協議離婚は偽装離婚であり、実母であるE子と共に被告らも亡Dの違法行為を知っていたと主張する。しかし、E子と母子二人で生活を共にしてきた被告Bは、右商業登記簿謄本上の記載は、亡DがE子の名義を冒用したものであって、離婚後はE子と亡Dとの間には一切の音信はなかったと述べているし、一方で、E子が平成二年ころから平成六年ころまでの間に今市市で亡Dと生活を共にしており、E子を通じて被告Bも当時の亡Dの違法な行為の実態を知っていたとする点については、これに沿う確たる証拠は存しないし、弁論の全趣旨に照らすと、原告Aの思い込みによる推測に基づくものと認めざるを得ないものである。そうであるとすれば、右の商業登記簿の記載をもって、亡DとE子の協議離婚が偽装離婚であること、ひいては被告らも亡Dの違法行為を知っていたことまでも推認することはできないものと言わざるを得ず、ほかにこの点に関する被告らの供述が虚偽であることを窺わせるに足る証拠はない。
(二) 被告BとE子が同居していた浦和市鹿手袋のアパート及び現在の被告Bの肩書住所地のマンションの購入資金が亡Dが違法行為により取得したものであるとの主張について
この点については、被告Bは右アパート及びマンションはいずれも夫の勤務する会社の借り上げ社宅であると述べており、ほかに右アパート及びマンションを被告BないしはE子が購入したことを認めるに足る証拠はない。結局、この点に関する原告らの主張は一方的な憶測に過ぎないことが明らかである。
(三) 被告Cが昭和五七年以降、亡Dと生活を共にし、同人の違法行為に関与していたとの主張について
この点に関しては、前記認定のとおり、昭和五七年以降平成二年頃までの間は、被告Cと亡Dは生活を共にしていた時期があったことは事実であるし、本件地裁判決によれば、同判決において、昭和五八年から昭和五九年にかけての亡Dによる原告会社の事務所の不法占拠を違法と認定し亡Dに対して損害の賠償を命じていることも認められる。そして、原告渡辺健二は、陳述書(甲一九)において、被告Cが亡Dの違法行為に加担したことは原告Aにおいて現認したものであると述べている。しかし、被告Cは、当時の亡Dの仕事の内容は知らなかったと述べているし、これに、本件基本地裁事件において被告Cが亡Dの共同被告とされていないことや当時被告Cが中学生であったことさらには弁論の全趣旨も併せて考慮すると、原告Aの述べるところは同人の思い込みによる推測と認めざるを得ないし、ほかに当時被告Cが亡Dの違法行為について、違法であることを承知のうえで加担したと認めるに足る証拠はない。
また、原告らが亡Dが違法に取得したと主張する栃木県今市市の土地の一部に一時被告Cと亡Dの共有名義となっていたものがあることや被告Cの本籍地が今市市にあることは事実である(甲一四、甲一八、甲二〇)。しかし、先に述べたとおり、原告らが亡Dに対する損害賠償の理由として主張し、本件地裁判決で違法と認定されたのは、昭和五八年から昭和五九年にかけての亡Dによる原告会社事務所の不法占拠等の行為であり、原告らは右損害賠償債務の被告らによる相続を主張しているものであって、今回原告らの主張しているような亡Dによる平成二年以降の今市市での行為は本件基本地裁事件での損害賠償請求訴訟の対象とはされていなかったことからすると、被告Cが右今市市における亡Dの違法行為を知っていたかどうかは、本件相続放棄の有効無効には影響を与えないとの解釈もありうるというべきである。そして、仮にそのような解釈を取り得ないとしても、そもそも原告らの主張する亡Dの今市市における違法行為自体が具体的に特定されているとは言いがたいし、そうであるとすれば、本件訴訟において提出された証拠をもってそのような違法行為の存在が立証されたとすること自体に無理があると言わざるを得ないものである。そして、今市市内に被告Cと亡Dの共有名義の不動産があったことについては、被告Cは、亡Dに平成三年ころ実印と印鑑登録カードを渡したことがありこれを亡Dが冒用したものと推測されると述べているところ、原告らの申立により取り寄せた右今市市の不動産の登記関係書類上の被告C名義の署名は一見して被告Cの筆跡と認めるのは困難なものであること(甲二〇、乙六、乙七の各1から5まで、弁論の全趣旨)に照らすと、右被告Cの供述を虚偽とすることは困難というべきであり、この点に関し原告Aの述べるところ(甲一九参照)も、推測の域をでないものと言うほかないし、ほかに、前記被告Cの供述が虚偽であることを認めるに足る証拠はない。
そうであるとすれば、今市市において亡Dが違法な行為を行っておりこれを知っていたことをもって被告Cによる相続放棄が無効であるとする原告らの主張は、いずれにしても理由がないものと言うほかない。
4 以上3で認定判断したところによれば、結局前記2で認定したとおり、被告らにおいては、本件相続放棄の申述をした時点で、原告らの亡Dに対する本件損害賠償請求権が存在しないと信じかつそう信じることにつき相当な理由があったと認めるのが相当である。
五 結論
以上の次第で、本件各相続放棄の申述が有効であることは明らかであり、原告らの本訴請求は理由がないことに帰するから、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西岡清一郎)
選定者目録
原告 F子
原告 G子
原告 H
原告 I